★ マフィアより愛をこめて ★
<オープニング>

 そのとき、彼は、運命の鐘の鳴る音を聞いた。
 どーん、だったか。
 それとも、かーんだったか。――そんな細かいことはダンボールに詰めて、銀幕宅配便にヒラヤマまで届けて、土に埋めて自然消滅させてしまっていいほどに意味のないことだ。
 ただもう思わず、うおっ、これはジーザス! 
 などと年甲斐もなく空へ向けて叫びたくなるうな祝福の音を、彼は聞いたのだ。
 天使が舞い降りた。

 男は恋に落ちた。
 それは自分と彼女の運命なのだ。



「ああ、今回の依頼なんやが」
 竹川導次は、なんとも歯切れ悪く言った。
「この、手紙を、ある人が届けてほしいそうなんや。その上で返事がほしいとのことや」
 手紙は高級な上質の紙を使っているのか、目が痛くなる程の白の封筒にわざわざ蝋燭で印がなされていた。そして、そっと赤い薔薇が添えられている。
「こいつはな、悪役会に属するマフィアの……名前は本人の希望で伏せるが、あー恥ずかしがり屋のマフィアのボスといっとくとするぞ、そいつが一目惚れをしたらしいんや。それも相手はなぁ……綺羅星学園のところに通っている……なんかのホラー映画から出てきた「トイレの花子さん」なんやと……見た目は小学生三年生くらいの、赤いスカートがチャームポイントの……まぁなんや。マフィアのほうは、今年で初老ってもいい歳なんやが、のぼせちまったもんはしかたねぇだろう」
 そこで、手紙に添えられているメモを見て竹川は、顔をしかめた。
「なんて書いてるんだ。くそ、イタリア語なんざ、わかるかい。えーと、とりあえず、よろしく頼むってことやな……用件は、それだけや! 手紙ももしかしたらイタリア語かもしれんが、花子さんが返事をかけるように頼むぞ」

種別名シナリオ 管理番号641
クリエイター槙皇旋律(wdpb9025)
クリエイターコメント新シナリオです。
今回は自称・恥ずかしがり屋なマフィアのボス(仮名)が、トイレの花子さん(見た目小学三年生)に恋をしてしまったそうです。ラブレターを書いたのはいいけども、自分では渡せないので、出来れば協力してほしい、そうです。

ちなみに花子さんは綺羅星学園のトイレに住み着いている模様です。(定番の三階の一番端のトイレ)
まずは学園にどういう経路で侵入…どうはいっていくかもお考えください。

手紙の内容で、だいたい見ただけでわかるのは
<次の日曜日に カフェ『スキャンダル』に十時に待つ>
といったデートのお誘いです。
あとの愛の言葉は……よろしければ、みなさんで考えてあげてほしいです。
ボスさんは真剣ですので、くれぐれもお茶目けをださないように。

参加者
相原 圭(czwp5987) エキストラ 男 17歳 高校生
レリス(cewf2686) ムービースター 女 27歳 エルフ
ギー(cbcv1819) ムービースター 男 26歳 犯罪心理学者
<ノベル>

 耳に心地よい虫の音が聞こえはじめる夏の夜。
 闇も深まってきた綺羅星学園の門前。
 部活動をしていた生徒たちのほとんども帰った時刻、綺羅星学園の夏の制服を着た相原圭が門の前に立っていた。そわそわと落ち着かずに周りを見ている。
「待った?」
 不意に背後からの声に相原は驚きつつも、振り返った。
「いえ。こんばんは」
 相原の目の前には高い身長に金髪の髪にワインレッドの瞳と一目を引く美貌、長い耳をしたエルフのレリス。その横には、レリスよりも身長の低い黒髪に青い目の中性的な顔立ちのギー。
「よろしくお願いします」
「よろしく」
 相原にギーが柔らかな物腰で応じる。声が高く、女性のようだ。
「さ、行きましょう」
 レリスが張り切って言う。好奇心旺盛な彼女にとって学校というものは興味を引くようだ。目がきらきらとしている。
 今回の愛のラブレター作戦の目標は綺羅星学園の三階の奥のトイレにいる花子さん。
 学園に通っていても女子トイレなので男子の相原はまったくわからない領域だ。事情があるとはいえ男子が女子トイレにはいるというのは、中々に緊張するものだ。
「じゃあ、学園のなかはオレが案内しますよ」
 そういって門から学園のなかにはいると、校舎に近づく。
 夜の学園侵入のために昼間のうちに相原は一階の窓をわざと鍵を開けて置いたのだ。窓に手をかけるが、窓が開かない。
「あれ? 確か、ここ、開けて置いたはず」
「見回りの人が鍵をしめたんじゃないんですか?」
 ギーの冷静なつっこみに相原は顔を情けなくゆがめそうになった。
「じゃあ、忘れ物をしたって用務員さんにいって」
「あら、大丈夫よ」
 レリスが微笑むと同時に、今まで開かなかった窓が不意に開いた。相原か力を入れていたので、思わずずっこけそうになってしまった。
「え、わ……へっ」
 窓からぬっと黒い影が出てきたのに相原は叫びかけたが、寸前でギーの手が相原の口を塞いだ。
「大丈夫ですよ。猫みたいですから」
 窓から出てきたのは黒一色の猫だ。猫はにゃあと鳴いて尻尾を振る。それにレリスがにこにこと笑って、猫を抱っこする。
「ありがとう。猫さん! 近所にいる野良猫に学校に侵入して、窓を開けてほしいってお願いしておいたの」
 レリスは、エルフとして精霊によって魔法を使うことも出来るのと共に動物と意思疎通する能力を持っている。
「すごいですね、レリスさん」
「そんなことないわよ……あら、相原くん、顔が青いわよ」
 そこでギーがようやく相原の口を塞いでいた手を離した。口が解放されてぷはぁーと相原は息を吐き、はぁはぁと新鮮な空気を吸い込む。
「大丈夫ですか?」
「は、はい、なんとか」
 あと少しで窒息死するところであった。相原は少しばかり恨みをこめてギーを睨んだ。
「鼻で息をしてくださいね。呼吸法を忘れていたわけではないんですから」
 相原ははぁと息をついた。たぶん言い合いをしてもギーには勝てない。
「ありがとう。もう帰っていいわ」
 レリスは猫を降ろすとするりと窓から学校の中に入った。そのあとにギーが続こうとするが、身長の低い彼は多少苦戦の模様だ。相原が背中を押してやりなんとか中に入り、そのあとに相原が続く。
「関係者に見つからないように気をつけないとね」
 そういいながらレリスは興味津々に夜の学校を見る。
 昼間は生徒たちで賑わっている学校も、夜となって人がいなくなると昼間の活気を知っているだけ不気味な雰囲気がある。
 特に学園に通っていて昼間の姿を知っているぶんだけそのギャップを感じる相原は……実はびびりであるので一人になりたくない。が、それを二人に悟られたくもないという男の意地がある。
「夜って、人がいないものだと思っていたけど、いっぱいいるのね」
 レリスがぽつりという。彼女には精霊を見ることが出来るのだ。実体化したあとも、そのクセが抜けておらず、ついつい精霊たちに声をかけてしまい、ひとり言をいっているようになってしまう。
 この場合、夜の学園ということもあり、ちょっと怖い。
「い、いっぱいですか」
 相原としては怖いほうに、ついつい考えてしまう。
「ええ。いっぱい。……私、学校っていうのに馴染みがないから案内お願いできない」
「はい。任せてください。オレに」
 どーんとつい胸なんかを叩いてみせる相原。
 しかし、率先して前を歩きたくもない。
「ギーさん、あの、横を歩きませんか。ほら、三人で横に歩いたほうが」
「いえ。横を三人で歩くと何かあったときに対応がとれませんから。縦に歩いたほうがいいですよ。ほら、もし、ここで君が見つかっても言い訳は立ちますが、僕たちは出来ませんからね」
 確かにもし学校関係者に見つかっても学校の制服を着ている相原であれば忘れ物をしたとベタな言い訳も通じる。その間に二人は相原が捕まってもすぐさまに隠れてしまえばいいわけだ。
「まさか、夜の学校が怖いわけじゃないですよね」
「ええ。もろちん」
「じゃあ、案内お願いね」
 レリスの笑顔での一言に返事をしてしまったあと相原は後悔した。
 相原は内心では怯えつつも、暗い廊下を歩いていく。こういうときは沈黙こそが最大の恐怖。
「あ、そうだ。愛の言葉、考えました?」
 なんとか話題を作ろうと相原は口にする。
 花子さん宛てにといわれて頼まれたラブレター。その中身はイタリア語かもしれないという。それをどうやって伝えるかが一番のネックだ。
「俺、イタリア語なんてわからないから、イタリア人って情熱的で、積極的でしょう。だから、そういうのをボスの気持ちになりきって伝えようかなって思ってるんですよね」
「あっ、そうね。それはいいと思うわ。私も読めないと思うし、はじめは友達からのほうがいいと思うのよね」
「イタリア語のことでしたら僕が出来ます」
「読めるんですか」
 思わぬ伏兵に相原は驚いた。
「ええ。その場で僕が読める範囲でしたらお役に立てると思います。あと手紙に花を添えるといいと思ってます。薔薇とかではなくて、小さな花と思って、持ってきたんですが」
 ギーが小さな花を相原の前に差し出す。それをつい相原は受け取っていた。え、けど、なんでいきなり花を自分は貰うのだ。相原の頭には無数のくえしょんマークが浮ぶ。
「相原くん、がんばってくださいね」
「へっ」
 ギーが笑顔で言うのに相原としては驚いた。なにをがんばれというのだろうか。
「ボスさんの気持ちになりきって花子さんに伝えるんです」
「えっ」
「こういうのは、やはり情熱的にお伝えしたほうがいいと思うので。それには相原くんがうってつけかと思いまして、先ほどの言葉を聞くと」
「そうね。事情を説明してから、もしいい返事が貰えそうなら言うのもいいと思うの。気持ちをこめてね」
 相原圭、十七歳、ピンチ。
 成り行きとはいえすごく大役をかってしまった。
「あの、けど、オレ」
「ちゃんと僕がフォローしますから、ボスさんの気持ちをお願いしますね。それが一番大切なんですから」
「相原くんだったら出来るわよ」
 二人に言われて相原としては頷いた。お願いされると、いやとはいえないのだ。
 三人は、階段から三階に昇った。不意にレリスが足をとめた。
「なんか人の気配が」
「へっ、あ、そんなこといわないでくださいよ」
 ひびりの相原は、先ほどから愛の言葉を一生懸命考えていたのにレリスの言葉に一気に頭から吹っ飛んだ。
「んー、気のせいかな? なんか気配がしたんだけど」
「あ、あんまり、変なこといわないでくださいよ」
 泣きそうになりながら相原は言いながら、足がすかっとする感覚に見舞われた。
 ない!
「か、階段がない」
 よくある学校の怪談が相原の頭の中に浮かぶ。階段を昇ると、一段なくなっているという学校の七不思議。
「ああ、三階についたんですね」
「え、あ……」
 相原はどうやら、いろいろと集中しすぎていて階段を昇りきったことに気がついていなかったらしい。
「は、ははは……じゃあトイレに」
 相原は空笑いしつつ、廊下を歩いていく。 
 夜の廊下、それもトイレに行く道というのは、中々のホラーだ。後ろに人がいることがわかっても先頭をきって歩くには勇気がいる。
 相原は、もう頭がパニックだ。
 イタリア語を覚えつつ、恐怖と戦い――ひびりであることをばれたくない。夏の夜はそこまで熱くないはずなのに相原の額には冷や汗が浮かぶ。
 相原は、トイレの前まで来ると、ふぅと息を吐いたあと、手探りで壁にある電気を探す。
「えーと」
 もにゅ。
「!?」
 なんか、ありえない柔らかさが手についてきた。
「ぎー、ギーさぁん!」
「はい?」
 思わず縋りつきそうになるのをなんとか抑えて相原は震える声を漏らす。
「な、なんか、壁がもにゅって」
「そうなんですか? 僕がつけましょうか」
 ギーが相原の横から手を伸ばして、壁に触れる。電気をぱちんとつける。何もなく、ぱっとトイレが明るく照らされる。
「あ、れ?」
「なにもなかったですよ」
「どうかしたの?」
 レリスがきょとんとした顔をする。
「いえ、なんでもないです」
 先ほどのもにゅは気のせいだったのだろうか。
 多少腑に落ちないが、普段は入ることのできない女性の聖地ともいえる女子トイレに入って相原は緊張した。
 教えられたように三番目を相原はノックする。
「はなこさーん」
「はぁい」
 可憐な声と共にぎぃと音をたててドアが自動で開いた。
 そして、三人は見た。
 洋式便座に赤いスカート。その座から小学三年生の女の子の上半身が出ているという、なんともホラーというか、奇抜な見た目。
「あなたが花子さん?」
 レリスがまじまじと花子さんを見る。
「ええ」
 にっこりと花子さんが微笑む。
「訪ねてくる人がいて嬉しいわ。私、この姿だから、動くのに人に運んでもらっているの」
「取り外し可能なんですか」
「ええ。そこらへんはご都合主義ばっちりよ」
 花子さんはにっこりと笑顔でいいきる。なんだか、思ったよりもノリのいい人らしい。
「ちょっと学園にお願いして、ここに私の便座を置いてもらっているの。授業なんかは、同級生の子にお願いして運んでもらったりしてるのよ。ふふ、それで、こんな時間に訪ねてくるなんて何のよう? もう学園は終わっているでしょう?」
「実は、あなたとお友達になりたい。ちょっと年上の人がいるの。相手は恥ずかしがり屋の可愛い人よ」
 レリスが言うと花子さんはきょとんとした顔をしたあと、ふんわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「まぁ、そうなの。いいわね。私もお友達、つくりたいわ」
 花子さんは見た目は可愛らしい女の子だが、どうやら見た目どおりの年齢とは限らないようだ。むしろ、花子さんは、どこか落ち着いた女性の雰囲気を持っている。
 ギーが前に出ると、手紙を差し出した。
「それで、お手紙がこれです。マフィアのボスさんなんですよ」
「まぁ、きれいな便箋……あら、けど、これ、読めないわ」
「貸していただけますか?」
 ギーの言葉に花子さんが頷いて美しい便箋を差し出す。
 ギーは、それを見ると小さく頷いて相原を手招いた。
「ちょっと失礼しますね。レリスさん、その間、花子さんと雑談していてください」
「ええ」
 にこにこと花子さんとレリスが微笑む。
 二人の女性を残してギーと相原はトイレから外へと出た。
「あの、いきなり、なんですか……!?」
 ぴかっといきなりギーの顔が下からライトによって照らされた。初歩的なことであるが、暗闇で、影のある顔というのは、いきなりやられると、これは、中々に怖い。相原は思わず叫びそうになった。それをギーの手が相原の口を塞いだ。
「こんなこともあろうかとライトを持ってきたんです」
「う、ぅぐぅ」
 ギーは相原の口から手を離した。
 紙を傷つけないように細心の注意を払って、封を開ける。一枚だけある白い便箋を三人は囲んで、ライトで照らした。
「内容をいいますよ? ……『貴女は私がどれほど貴女を愛したか知っている。貴女はそれを知っている。つれない女よ。私のほかの恩恵を望まない。ただ私のことだけを覚えて、不実な男のことは軽蔑してほしい』」
 さらさらとまるで歌うようにギーは口にする。女性のような高く、柔らかな声で綴られる言葉は、なんとも甘ったるく、艶やかだ。
 思わず相原は聞きほれてしまった。
「声楽ですね。オペラ好きのイタリア人らしいというか……不実な男は誰のことを差しているのでしようかね」
「はぁ」
「がんばってくださいね」
 ぽんっと肩を叩かれて相原は唖然とした。
「へっ」
「ボスさんの気持ちでお願いします」
 あんな見事な朗読のあとにどうやれというのだ。
「けど、オレ」
「問題は、伝えたいという気持ちですよ。相原さんでしたら出来ますよ」
 ギーの真っ直ぐの視線に相原は頷いた。二人はトイレに戻ると、すっかり打ち解けた花子さんとレリスがおしゃべりに花を咲かせていた。
「すいません。ちょっと男同士のお話をしていて」
「あらあら」
 ギーの言葉に花子さんが微笑む。
「あら、それなに?」
 レリスが相原の手にあるライトに気がついて興味津々と身を乗り出す。
「どうぞ。ライトです」
「わぁ、面白い」
 ライトを物珍しげに見て、かちかちとつけたり、消したりをしているレリスを横目にギーが相原をつつく。
「あ、あの、花子さん。その相手はマフィアのボスさんで、是非とも花子さんに伝えたいっていうの、俺がいいます」
 なんだか一発芸の気分だ。
「花子さんの目はつぶせでかわいいし、黒髪もチャーミングで、スカートもとっても便座に似合ってますし」
 最後の褒め言葉はちょっと微妙だったかもと相原は思うが、花子さんは嬉しそうなのでよし、つかみはよかった。
「えっと、『貴女は……」
 えーと、なんだったけ? 相原が救ってほしいという目でギーを見る。
「『貴女は私がどれほど貴女を愛したか知っている』」
 こっそりとギーが相原に耳打ちする。
 相原はぐっと拳を握り締め、タイルに――女子トイレに片膝をついてギーに渡された花を差し出した。
「『貴女は私がどれほど貴女を愛していたか知っている。貴女はそれを知っている。つれない女よ。私はほかの恩恵は望まない。ただ私のことだけを覚えて、不実な男のことは軽蔑してほしい』……今度の日曜日、カフェ『スキャンダル』で十時にあなたのことを待ってます」
 きょとんとしていた花子さんが可憐な笑みと共に相原の差し出した花を受け取った。
「あなた、お名前は」
「えっ、相原圭です」
「じゃあ、よかったら、その日に私のこの便座、運んでくださらない?」
「あ、は、はい。喜んで」
 返事をもらえて相原は嬉しくなった。
 自分はやりとげたのだ。
 ほっとしてゆるゆると立ち上がる相原にレリスが肩を叩いて優しく微笑む。その笑みに相原は嬉しさがこみ上げてきた。
 花を受け取って花子が嬉しそうに目を細めて、匂いを嗅いでいるのに、ギーが花子に近づいた。
「一つ聞いてもいいですか?」
「なぁに?」
「好きな食べ物とかありますか?」
「好きな食べ物? そうね、梅干かしら」
 見た目に反して、なんとも渋い好みだ。
「わかりました。ありがとうございます」
 にっこりとギーが返事をすると、レリスが顔をあげた。
「なんか足音がするわ」
「あ、そろそろ、見回りがくる時間だわ。見つかると怒られるかも」
 花子が慌てていうのに三人は互いに顔を見合わせた。
 ここは三階だ。
 逃げるにしても、場所がない。隠れるとすればトイレの中か。
「魔法でふっとばしちゃいましょうか」
 レリスが眉を顰めて呟く。 
 こつこつと近づいていく足音。だが、不意にそれが止まった。どがしゃんと大きな音が廊下でするのと同時に見回りをしている用務員さんの待てと怒声が響く。足音は慌しく遠のいていく。
「な、なんだ」 
「……そういうことか」
「へ、なんですか。ギーさん」
 一人納得しているギーに相原が困惑とした顔をする。ギーはにっこりと笑顔だ。
「とりあえず、外に出て話しましょう。せっかく、囮になってくださった人のためにも」
 三人は花子さんに別れをつげて一階まで戻り、外へと出た。
「ねぇ、一体、どういうことなの」
 レリスが気になってギーに訪ねる。
「たぶん、ですけど。ボスさんが心配して追ってきてたんじゃないでしようか? だから人の気配がしたり、相原くんが電気をつけるときに壁が柔らかかったりしたでしょう? あれはボスさんだったのではないでしようか? 先ほどのも、きっとボスさんが見回りの囮となってくれたんですよ。まぁ、推測ですけどね」
 ギーはにっこりと微笑んで携帯を取り出した。
「なに、それ」
 レリスがやはり興味深々に携帯を見つめる。
「今日のことをボスさんに、報告しておこうと思って。レリスさん、電話かけてみますか?」
「してみたいわ!」
 レリスが嬉しそうに目を輝かせる。
「あ、けど、その前にカフェのほうにお願いしておかないと、せっかくのデート。花子さんの好物を用意してもらいましょう」
 ギーは優雅に微笑んだ。

 そののちの日曜日。
 『スキャンダル』の十時頃のことである。
 黒いスーツの頭にどこぞで怪我したらしい包帯を巻いたダンディな老人が、机には本日のデート相手の好物の梅干を置いて待っていた。
 そこに花子さんから頼まれた相原が花子さんの便座をもってえんらやこと歩いていった。

クリエイターコメント本日は、愛のラブレター作戦に参加してくださり、ありがとうございました。
ボスと花子さんのらぶな行方は、さて、どうなることやら。ただ、みなさんのおかげで、とってもいい具合のようです。
恥かしがり屋なボスさんのために、みなさん、ありがとうございました。
公開日時2008-07-31(木) 18:30
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